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相撲(すもう)

占いや儀式としておこなわれていた「相撲(すもう)」

すもう

『日本書紀(にほんしょき)』には、垂仁天皇(すいにんてんのう)の時代、野見宿祢(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の力くらべが相撲の始まりという伝説(でんせつ)が書かれています。その後、神に豊作(ほうさく)をねがう儀式として行われました。

儀式としての相撲が、貴族(きぞく)にもてはやされて豪華(ごうか)な舞台(ぶたい)で行なわれる余興(よきょう)となり、武士のあいだでは心身(しんしん)をきたえる訓練(くんれん)の一つとして行われました。

江戸(えど)時代には、庶民(しょみん)の間に人気が出て、寄付(きふ)を集めるための勧進(かんじん)相撲、江戸後期には、力士が職業(しょくぎょう)として行う大相撲となりました。現代では、伝統的(でんとうてき)なスポーツとして続いています。また外国人力士(りきし)がふえ、国際的(こくさいてき)な広がりもでてきました。

アジアの国々には、その国の伝統的な相撲が伝(つた)わっています。


シルクロードの国々の「すもう」をみてみよう

東アジアの「相撲(すもう)」

中国

「すもう」という名前は、中国で作られました。宮廷貴族(きゅうていきぞく)から一般民衆(いっぱんみんしゅう)にまで広く楽しまれたスポーツでした。宮廷には専門(せんもん)の相撲チームがいて、王様の宴会(えんかい)や祭りの時に、大会が行われました。

現在の中国の相撲は、モンゴルの相撲の影響(えいきょう)も受けて、日本のものとはだいぶちがったものになっています。


韓国(かんこく)

1500年前、高句麗(こうくり)時代の相撲塚といわれる角抵塚の壁画(へきが)に、相撲の絵がえがかれています。韓国の相撲にも長い歴史(れきし)があることがわかります。

現在(げんざい)は、シルムという韓国相撲があり、人気があります。上半身裸(はだか)かまたはTシャツをきて、半ズボンをはき、さらにサッパとよばれるまわしをしめます。勝敗は、投げをかけあって、ひざから上の部分が地についたかどうかで、決めます。


モンゴルの「相撲(すもう)」

モンゴルの相撲

モンゴルにも、ブフという相撲があります。ブフは、「ナーダム」という年に一度の民族(みんぞく)の祭典(さいてん)で、行事(ぎょうじ)のひとつとして行われています。

ブフには馬、駱駝(らくだ)、牛などをまねた動きが多く、遊牧民(ゆうぼくみん)の伝統的(でんとうてき)スポーツであることがわかります。

勝負を決めるルールや身につけるものは、日本の相撲とちがいますが、より有利(ゆうり)な組み手をとるための立ち合いがあることは、にています。


南アジアの「相撲(すもう)」

南アジアでは、昔から相撲がさかんです。紀元前(きげんぜん)200年代ごろの物語には、すでに、王が主催(しゅさい)した相撲大会が行われていた様子がえがかれています。

現在(げんざい)でも、インド各地(かくち)にはアカーラという相撲部屋があります。アカーラでは、日本の相撲部屋と同じように、住みこみで練習をします。相撲取りたちは強くなるために、菜食主義(さいしょくしゅぎ)にならなければならず、女性(じょせい)と接触(せっしょく)してもいけないと考えられています。日本の相撲取りも昔はお肉を食べませんでした。


インド

インドの仏教伝説(ぶっきょうでんせつ)に、2500年以上前、お釈迦(しゃか)さまが兄弟と相撲をして勝ち、美しい姫(ひめ)を妻(つま)にむかえることができたという話があります。インドでも、昔から、相撲のような競技があったことがわかります。

現在(げんざい)のインドでも、各地の民族(みんぞく)がキュケペ・アピアパ・ケンネーなどとよばれる相撲のような競技をしています。結婚式(けっこんしき)やお葬式(そうしき)の時に、人々が力を競(きそ)うものです。

ルールには、下半身を攻(せ)めてはいけない、おたがいの両手をつかみ合う、おし合って相手をたおすなど、さまざまなものがあります。


西アジアの「相撲(すもう)」

西アジアでも、昔から相撲がさかんでした。トルコの遺跡(いせき)から出てきたつぼに、相撲をしている様子がえがかれていたことから、紀元前(きげんぜん)3000年には相撲が行われていたことが分かりました。

西アジアの相撲は「ヤール・ギュレッシュ」といいます。これは、「油のレスリング」という意味です。裸(はだか)になって体に油をぬり、皮製(かわせい)のズボンをはいて試合(しあい)をします。地面に両肩(りょうかた)がつくと負けです。現在(げんざい)でも、プロもいるくらい、さかんに行われています。


イラン

イランには「コシュティ」とよばれる格闘技(かくとうぎ)があります。この競技の起こりは、戦士(せんし)を育てる訓練(くんれん)としておこなわれていました。

二人が組み合って、相手をたおして背中(せなか)をつけると勝ちとなります。勝負の審判(しんぱん)は、まわりで見ている力士(りきし)たちがします。半ズボンをはいて赤い布(ぬの)を腰(こし)にしめることもありますが、今では上半身に肌着(はだぎ)をつけることもあり、服装(ふくそう)はさまざまです。

試合(しあい)をはじめる前にアラーの神にいのりをささげたり、コーランを読み上げたりすることから、イスラム教の影響(えいきょう)がとてもこいといえます。


ヨーロッパの「相撲(すもう)」

ヨーロッパでは、イギリスに昔から住んでいたケルト族がさかんに相撲をしています。英語では「ケルティック・レスリング」つまり「ケルト人の相撲」といわれています。他にも、ベルトをしっかりつかんでから行う相撲など、韓国(かんこく)の伝統的(でんとうてき)な相撲の取り方と同じものがあります。このことから、ヨーロッパの相撲は、アジアから伝わったとも考えられていますが、まだはっきりとは分かっていません。