「麻花」は、中国のお菓子です。麻(あさ)の花ににているので「麻花」といいます。発音は、マーファーです。これが平城京(へいじょうきょう)の時代に日本に伝(つた)わり、「索餅(さくべい)」になりました。中国では餅(もち)は麺(めん)の意味もありました。「索餅」は麺ににた形ですので、昔は中国でも「麻花」のことを「索餅」といったのかもしれません。
中国では昔、七夕(たなばた)の日に死んだ子どもが「麻花」を好きだったことから、七夕の日に食べる風習があったようです。日本でも、平城京の時代には七夕に食べられ、現在(げんざい)でも神社の中には、七夕に「索餅」をおそなえするところがあります。
月餅は、昔はむして作っていました。それが1400年代ごろからは、オーブンのようなもので焼くようになり、現在(げんざい)の形になりました。現在でも、むしたものはのこっていますが、たんに「月」とよばれています。
今でも旧暦(きゅうれき)の8月15日に、親戚(しんせき)に月餅をおくりあう習慣(しゅうかん)はのこっています。日本で中秋(ちゅうしゅう)の名月を見ながらお団子(だんご)を食べるのと同じように、月を見ながら月餅を、食べるのです。
長安では、小麦粉(こむぎこ)と蜂蜜(はちみつ)を使ったお菓子が作られていました。このころには、シルクロードを通ってきたナッツや果物類(くだものるい)などが入ってきて、お菓子の材料(ざいりょう)が豊富(ほうふ)になりました。
長安風のアップルパイの作り方として、「大きなリンゴの皮をむいて芯(しん)をえぐり、梅(うめ)と甘草(かんぞう)をひたした湯でゆがく。蜜をからめたまつの実・皮をむいたオリーブの実・クルミや瓜(うり)の種(たね)をリンゴの中にいっぱいつめる。小さいむし器(き)でむす。」と文献(ぶんけん)に書かれています。当時の貴族(きぞく)たちのぜいたくな食生活がうかがえます。
「ユガ」 |
「カンジョン」 |
韓国の伝統的(でんとうてき)なお菓子は、※三国時代ごろから、穀物(こくもつ)、蜂蜜(はちみつ)、油をまぜて作られていました。中国から仏教(ぶっきょう)とともにお茶を飲む習慣(しゅうかん)が伝わると、韓国のお菓子は発展(はってん)していきました。
統一新羅(とういつしらぎ)時代になると、茶をのむ習慣が上流階級に広がりました。それにしたがって、茶にそえるお菓子が作られるようになりました。なかでもカンジョンや油蜜果(ユミルグァ)などのあげ菓子が、この時代に作られたといわれています。
カンジョンは、もち米の粉(こな)に酒をいれてこねたものを、てきとうな大きさに切って、油であげ、蜜にひたします。胡麻(ごま)・黄粉(きなこ)・松(まつ)の花粉(かふん)などをまぶしてつくります。
※三国時代:300〜600年代、朝鮮(ちょうせん)半島で高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)、百済(くだら)がさかえた時代
メジャックァは、日本の奈良時代頃の韓国で作られたお菓子です。見た目は日本の索餅(さくべい)、中国のマーファーによくにていますが、味はすこしちがいます。梅(うめ)の木に、すずめが座っている形に似ていることから、漢字で書くと「梅雀菓」となります。