平城京(へいじょうきょう)は、710(和銅・わどう 3)年から784(延暦・えんりゃく 3)年まで日本の都でした。この約70年間を「奈良時代」と呼びます。
前の都である藤原京(ふじわらきょう)から、国を強く大きくするために、都を奈良盆地(ぼんち)の北のはしにうつしました。平城京では、中国の唐(とう)の文化が取りいれられ、天平(てんぴょう)文化がさかえました。
平城京は、唐の都である長安(ちょうあん)をモデルにしてつくられ、大極殿(だいごくでん)から南に約4km(キロメートル)のびる朱雀大路(すざくおおじ)を中心に、道路は碁盤(ごばん)の目のように整備(せいび)されていました。現在(げんざい)、平城宮跡(へいじょうきゅうせき)の発掘調査(はっくつちょうさ)が進められています。