平城京について(平城京)

▼平城京(へいじょうきょう)
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女帝(じょてい)と皇后(こうごう)による政治

女帝

国のリーダーは女性

奈良(なら)時代は、三人の女性が、四代約27年間、天皇(てんのう)の位(くらい)につき、政治(せいじ)をおこないました。元明(げんめい)、元正(げんしょう)、孝謙(こうけん)、称徳(しょうとく)が女帝です。称徳天皇は、孝謙天皇がふたたび即位(そくい)した天皇です。

元明天皇は、平城遷都(へいじょうせんと)をおこない、『古事記(こじき)』『風土記(ふどき)』の編集(へんしゅう)を命じました。

光明皇后は、夫(おっと)の聖武(しょうむ)天皇の体がよわかったので、代わりに政治の実権(じっけん)をにぎりました。まずしい人を治療(ちりょう)する施薬院(せやくいん)、みなしごをあつめて育てる悲田院(ひでんいん)などをつくり、人々の支持をえました。

孝謙天皇は、光明皇后の意向(いこう)によって、聖武天皇から位をゆずられ、即位(そくい)しましたが、母である光明皇后が実権(じっけん)を持ちつづけました。孝謙天皇のときに、大仏の開眼供養(かいげんくよう)がおこなわれました。

孝謙天皇は、いったん母である光明皇后の看病(かんびょう)のために淳仁(じゅんにん)天皇に位をゆずりますが、光明皇后がなくなると、実権をにぎるようになります。淳仁天皇を追放し、称徳天皇として再び政治をおこないます。

奈良時代の天皇一覧

  • 元明天皇(708〜714)…女帝
  • 元正天皇(715〜723)…女帝
  • 聖武天皇(724〜751)…後半期から光明皇后が実権をもつ
  • 孝謙天皇(752〜758)…女帝
  • 淳仁天皇(759〜763)…実質的には孝謙天皇が実権をもっていた
  • 称徳天皇(764〜769)…女帝 (孝謙天皇の再即位)
  • 光仁天皇(770〜773)