平城京(へいじょうきょう)の建物には、礎石(そせき)建物と掘立柱(ほったてばしら)建物という、2種類(しゅるい)の建物がありました。
「発掘された礎石建物跡」
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礎石建物とは、柱を石の上に立てる、唐(とう)の建築様式(けんちくようしき)です。平城京では、宮城(きゅうじょう)の門、大極殿(だいごくでん)、朝堂院(ちょうどういん)、役所、寺院など、かぎられた建物がこの様式で作られました。礎石建物の屋根は瓦葺(かわらぶ)き、柱は朱色(しゅいろ)、壁(かべ)は白色の漆喰(しっくい)で、たいへん色あざやかなものでした。瓦は奈良山の瓦窯(かわらがま)でやかれ、平城京に運ばれました。
「発掘された堀立柱建物跡」
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掘立柱建物とは、柱を地面にあけた穴(あな)にいれて固定(こてい)する日本の伝統的(でんとうてき)な建築様式です。この方式は、内裏(だいり)、貴族(きぞく)の邸宅(ていたく)や庶民(しょみん)の住宅などに広く用いられました。掘立柱建物の屋根は木の皮や草、柱も白木(しらき)でした。