遣唐使(けんとうし)の役人、留学生(りゅうがくせい)、留学僧(りゅうがくそう)たちは、貢物(みつぎもの)のお返しの品々や、唐で集めたたくさんの書物や美術工芸品(びじゅつこうげいひん)を持ちかえりました。唐のものだけでなく、インドや西域(さいいき)の国々のめずらしいものも、たくさんありました。また、大陸(たいりく)からやってきた商人も、さまざまな品物をもたらしました。
それらは、仏教(ぶっきょう)や大陸のすぐれた文化を伝(つた)えるものでした。そこから、日本人は、考え方や文字、技術をはじめ多くのことを学び、それをもとに、日本独自(どくじ)の文化をつくっていきました。
金銀平文琴 |
正倉院には、唐(とう)[中国]から来たことがはっきりと分かるものが、たくさんのこされています。たとえば、金銀花盤(きんぎんかばん)は、直径60cmもある銀でできたお皿です。四つの足がついていて、うらには文字がほってあります。よくにたお皿は、中国でもたくさん見つかっています。しかし、かんぜんに1まいの銀の板から作っている点で、正倉院のものの方が、ていねいに作られているといえます。ほかには金銀平文琴(きんぎんひょうもんきん)があります。これは、琴(こと)の表面に金や銀の板を型(かた)に切りぬいてはり、漆(うるし)をかけて、ていねいにみがいたものです。宴会(えんかい)する人、竜(りゅう)、鳳凰(ほうおう)などの細かい模様(もよう)が入っています。中国で735年に作ったと書かれています。
そのほかの正倉院の宝物は、
唐(とう)で仏教(ぶっきょう)について勉強した後、聖武天皇(しょうむてんのう)に仕えた僧侶(そうりょ)たちは、仏教の知識(ちしき)だけではなく、日本に多くの仏像を持って帰りました。現在(げんざい)日本のお寺にある仏像でも、中国で作られたと考えられるものは、たくさんあります。たとえば、奈良国立博物館(ならこくりつはくぶつかん)にある「力士立像(りきしりゅうぞう)」や、東京国立博物館(とうきょうこくりつはくぶつかん)で見られる仏像も、唐で作られたものです。わざわざ中国から、最新(さいしん)の仏像を運んだのです。
めのうは、日本の山陰地方(さんいんちほう)や北陸(ほくりく)でとれる宝石(ほうせき)です。日本人は、遣唐使(けんとうし)の船に、瑪瑙をつんで、中国に持って行きました。それを、中国でお皿の形などに作りかえて、また日本に持ち帰りました。正倉院(しょうそういん)の宝物(ほうもつ)の中にも、瑪瑙で作ったお椀(わん)があります。平城京(へいじょうきょう)の時代には、ローマでも瑪瑙の細工(さいく)が大流行していたそうです。
孔雀石は、日本ではとれなかった宝石です。日本では、古墳(こふん)という昔の人のお墓(はか)の壁(かべ)に、絵をかくときに使われたりしました。ヨーロッパでは化粧品(けしょうひん)としても使われ、エジプトのクレオパトラ女王は、アイシャドウに使っていたようです。
トルコ石はトルコでとれる宝石です。正倉院にもトルコ石をつかった鏡(かがみ)などがのこされています。
正倉院におさめられている「円鏡鳥獣花背」 |
青銅は、鉄より前に使われていた、銅と錫(すず)からできている合金(ごうきん)のことです。鋳造技術とは、銅製品(どうせいひん)や鉄製品を溶かして型に流し込んで作る技術(ぎじゅつ)のことです。
日本には弥生時代(やよいじだい)に、中国からその技術が伝わりました。さらに平城京(へいじょうきょう)の時代には、もっとよい技術が伝わりました。仏像(ぶつぞう)を作るためには、高い技術が必要(ひつよう)だったのです。平城京の時代には、鋳造技術を持った専門家(せんもんか)が、役人(やくにん)としてはたらいていたことが、分かっています。
こはくは、木からとれる樹液(じゅえき)がかたまったもので、日本でもとれました。しかし細工(さいく)をする技術(ぎじゅつ)は、唐のほうが勝(まさ)っていました。
唐から遣唐使(けんとうし)が持って帰ってきたものの中には、こはくのかざりがついた鏡などもあります。
「味噌(みそ)」 |
野菜をくさらせて、長持ちする食べ物を作る技術も、唐から日本に伝わりました。蘇はそのひとつです。蘇というのは、平城京(へいじょうきょう)の時代のチーズのことです。また、現在(げんざい)私たちが、毎日のように食べている味噌やしょうゆも、同じ時代に、唐から伝わりました。味噌もしょうゆも、大豆(だいず)をくさらせた食べ物です。これは遣唐使(けんとうし)ではなく、唐から日本に移住(いじゅう)してきたり、日本の貴族(きぞく)に政治(せいじ)のアドバイスをするためにやってきた人が、故郷(こきょう)の味をなつかしんで作ったものではないかと考えられています。
「シナモン」 |
胡椒は料理(りょうり)をするときにはかかせない調味料(ちょうみりょう)です。その胡椒の原産地(げんさんち)は、インドです。日本にも平城京(へいじょうきょう)の時代、胡椒が伝わりました。その他、東南アジアのモルッカ諸島(しょとう)でしかとれなかったシナモンも、貴族(きぞく)が食べるお菓子の味つけのために、日本に運ばれました。
日本に伝わった野菜(やさい)については、
「青磁壺」©大阪市立東洋陶磁美術館 提供 |
青磁は、水にぬれたような光沢(こうたく)を持った、深い青色をしたやきもののことです。日本には、中国から、薬草(やくそう)やスパイスを輸入(ゆにゅう)する時に、入れ物として持ってこられました。現在(げんざい)は、法隆寺(ほうりゅうじ)などに、シナモンを入れたことが分かっている青磁のつぼがのこっています。
正倉院におさめられている「種々薬帳」 |
漢字は、もともと中国の文字です。ひらがなやかたかなも、漢字から日本人が作ったものです。漢字は、中国人の知識(ちしき)を知り、新しい技術(ぎじゅつ)を学ぶために平城京(へいじょうきょう)の時代の貴族(きぞく)たちが勉強しなければならないものでした。そのため、仏教(ぶっきょう)のお経(きょう)や、漢字の辞書(じしょ)などのたくさんの文書[本]が日本に運ばれました。漢字の他に、ペルシア文字が書かれた宝物(ほうもつ)も、正倉院(しょうそういん)や法隆寺(ほうりゅうじ)にあります。
正倉院(しょうそういん)におさめられている 「こうぼく(香料)」 |
顔料は、絵をかいたり、布(ぬの)をそめるときに使う着色料のうち、水にとけないもののことをいいます。ラピスラズリや孔雀石(くじゃくいし)は宝石(ほうせき)でしたが、顔料としても使われました。他にも、植物の汁は顔料として多く使われました。
布を美しい紫(むらさき)色にそめることができる染料の蘇芳(すおう)は、アジアの熱帯地方(ねったいちほう)から平城京(へいじょうきょう)に運ばれたものです。
香料は、よいにおいを服につけたりするのに使われました。現代のアロマテラピーや香水(こうすい)の代わりです。白檀(びゃくだん)や沈香(じんこう)は、中国から輸入(ゆにゅう)されました。お香のようにもやしてにおいをつけます。乳香(にゅうこう)は樹液(じゅえき)の一種(いっしゅ)です。これもお香のようにたかれました。
昔の日本人は、牛乳や乳製品(にゅうせいひん)を食べませんでした。卵も食べなかったようです。中国から 醍醐(だいご)というヨーグルト、酪(らく)というコンデンスミルク、蘇(そ)というチーズの作り方や食べる習慣(しゅうかん)が伝わってから、平城京(へいじょうきょう)の人々は乳製品を食べるようになりました。でも、今のように毎日食べられたわけではなかったようで、栄養(えいよう)をつけるための薬とも考えられていました。
平城京の時代の初めのころには鶏(とり)がかわれていたようですが、卵を食べてはいけないという法律(ほうりつ)が600年代にでき、それ以後(いご)は食べられなくなりました。
平城京(へいじょうきょう)の時代には、布のおり方も、そめ方もかなり発達(はったつ)し、品質(ひんしつ)のよい絹織物(きぬおりもの)ができるようになりました。
しかし、高価(こうか)で美しい絹の織物を着ることができたのは貴族(きぞく)などお金持ちの人だけでした。庶民(しょみん)は、はだざわりの悪い、あらい麻(あさ)の服などを着ていました。
貴族(きぞく)は、唐の影響(えいきょう)を受けた服を着るようになっていました。役人の男性(だんせい)は服や靴(くつ)、手にもつ笏(しゃく)、帯(おび)、刀など身につける全てのものが位(くらい)によって決まっていました。帯につけるかざりもまた、金・銀・銅(どう)・石と決まっていました。女性の貴族は袖(そで)の長い着物にベストをつけ、スカートをはいてショールをしました。このショールは西アジアの女の人が日ざしをさけるために使ったものでしたが、中国で大流行し、日本でも着られるようになりました。
暦とはカレンダーのことです。平城京(へいじょうきょう)の時代の人々は、星や月の動きを見て暦を作っていました。3日に出る月は三日月、15日に出る月は満月(まんげつ)、といった具合です。
月の満(み)ち欠(か)けの周期(しゅうき)は平均(へいきん)で29.5日です。くわしく勉強しないと、正確(せいかく)なカレンダーを作ることはできません。ですから、平城京の時代には、天文学と暦を作る方法(ほうほう)は、セットで専門(せんもん)の博士(はかせ)たちに学ばれていました。それだけではなく、星の動きから、その年の豊作(ほうさく)や吉凶(きっきょう)まで占われるなど、天文学は占いとも強いむすびつきがありました。
天文学も、平城京の時代に中国から伝えられたことが分かっています。どの地域(ちいき)に都市(とし)を作ればいいか、日食(にっしょく)はあるか、彗星(すいせい)や流星(りゅうせい)の意味について調べる学問でした。
そのほか外国から来たものでは、模様(もよう)、楽器〈琴(こと)、琵琶(びわ)〉、将棋(しょうぎ)、囲碁(いご)、すごろく、相撲(すもう)、ガラス、ラピスラズリ などがあります。