平城京のくらし(平城京)

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平城京のお風呂

みじかなものではなかった「お風呂(ふろ)」

平城京のお風呂イメージ

平城京(へいじょうきょう)の発掘調査(はっくつちょうさ)では、今のようにお湯につかるお風呂は発見されていないようです。

平城宮(へいじょうきゅう)の内裏正殿(だいりせいでん)のうらに、大井戸(いど)から水路が引かれていて、そこに一辺(いっぺん)が4メートルの正方形の堀(ほり)がみつかりました。そこに浴槽(よくそう)をおき、水をためてお風呂としたのではないかともいわれています。

また、大嘗祭(だいじょうさい)のときにたてられる大嘗宮(だいじょうきゅう)には、儀式(ぎしき)をおこなう前に、天皇(てんのう)が身をきよめるための廻立殿(かいりつでん)があります。廻立殿から、当時、天皇が使っていたお風呂がどんなものか考えられるかもしれません。

お寺には、唐(から)風呂とよばれるものがありました。大きな鉄釜(てつがま)にお湯をわかし、たちこめたじょうきで体をあらいました。いまのサウナ風呂のようなものだったようです。

平城京には、大衆浴場(たいしゅうよくじょう)のようなものはありませんでした。庶民(しょみん)にとってお風呂はみじかなものではなかったのではないでしょうか。