「皇族や貴族の特別な日の食事」
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「皇族や貴族の普段の食事」
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「庶民の食事」
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奈良(なら)時代の人々がどんなものを食べていたかは、貴族(きぞく)のやしき跡(あと)から発掘(はっくつ)された木簡(もっかん)や、さまざまな身分の人によまれた和歌などからわかります。
平城京では、貨幣(かへい)が使われていましたが、庶民(しょみん)は、物々交換(ぶつぶつこうかん)で食べ物を手に入れていたようです。
牛乳(ぎゅうにゅう)は、天皇や身分の高い人たちが、食事のたびに飲んでいたという記録(きろく)があります。牛乳は、消化を助け、きずによい薬として、健康(けんこう)や美容(びよう)にいいものとして、飲まれていたようです。平安時代が終わるころには、牛乳を飲んだ記録がなくなります。
乳製品(にゅうせいひん)として、飛鳥(あすか)時代から平安時代末期まで、日本では、蘇(そ)・酪(らく)・酥(そ)・醍醐(だいご)などがつくられていました。蘇はチーズににたもので、生蘇はやわらかいチーズ、精蘇はかたいチーズです。酥はクリームのようなもの、酪はヨーグルトのようなものと考えられています。
これらの乳製品は、地方からおさめられた税金(ぜいきん)として、九州(きゅうしゅう)などからも運ばせたことが木簡から分かっています。その貴重(きちょう)さから薬としてあつかわれ、貴族でも毎日食べることができたわけではありませんでした。
奈良時代(ならじだい)のおすしは、今私たちが食べているにぎりずしとは、ちがった食べ物でした。「なれずし」ともいいます。
魚を主な材料(ざいりょう)にして、塩(しお)と加熱(かねつ)したでんぷん<ごはん>をまぜ、発酵(はっこう)させた食べ物です。主役は魚で、ごはんは発酵させるためのものなので、食べるときにはすてられました。ごはんの上に乗せたり、おかずとして食べられていました。チーズのような独特(どくとく)のにおいがします。