平城京のくらし(平城京)

▼平城京の人々の
くらしを調べてみよう

平城京の食べ物

平城京(へいじょうきょう)の食卓(しょくたく)

皇族や貴族の特別な日の食事 「皇族や貴族の特別な日の食事」
皇族や貴族の普段の食事 「皇族や貴族の普段の食事」
庶民の食事 「庶民の食事」

奈良(なら)時代の人々がどんなものを食べていたかは、貴族(きぞく)のやしき跡(あと)から発掘(はっくつ)された木簡(もっかん)や、さまざまな身分の人によまれた和歌などからわかります。

  • 穀 類(こくるい):米、麦、豆、くり、あわ、ひえ、きびなど
    米は主食として、おかゆ、おこわなどにして食べていました。麦は粉(こな)にして、おかしを作りました。
  • 野菜類(やさいるい):ちしゃ、だいこん、うり、せりなどの野菜、ふき、たけのこ、きのこなどの山菜、くるみなどの木の実など。
  • 魚 類:かつお、黒だい、すずき、かます、いか、さめ、かになどの海の魚。かき、ほやなどの貝類、わかめ、もずくなどの海草。ふな、あゆ、うなぎなどの川の魚など。
    海でとれたものは、塩漬(しおづ)けや干物(ひもの)にして都(みやこ)まで運ばれ、やいたり、煮(に)たりして食べていました。
  • 漬 物(つけもの):しょうゆやぬかでつけたウリ。米と魚をいっしょにして発酵(はっこう)させた、現代の鮒寿司(ふなずし)のような食べ物がありました。
  • 肉 類:かも、にわとり、いのししなど
    肉を食べることは、仏教(ぶっきょう)が広まるにつれて、禁止令(きんしれい)がだされました。
  • おはしやスプーンも、このころから使われていたようです。

平城京では、貨幣(かへい)が使われていましたが、庶民(しょみん)は、物々交換(ぶつぶつこうかん)で食べ物を手に入れていたようです。

牛乳(ぎゅうにゅう)は、天皇や身分の高い人たちが、食事のたびに飲んでいたという記録(きろく)があります。牛乳は、消化を助け、きずによい薬として、健康(けんこう)や美容(びよう)にいいものとして、飲まれていたようです。平安時代が終わるころには、牛乳を飲んだ記録がなくなります。


古代の乳製品

蘇

乳製品(にゅうせいひん)として、飛鳥(あすか)時代から平安時代末期まで、日本では、蘇(そ)・酪(らく)・酥(そ)・醍醐(だいご)などがつくられていました。蘇はチーズににたもので、生蘇はやわらかいチーズ、精蘇はかたいチーズです。酥はクリームのようなもの、酪はヨーグルトのようなものと考えられています。

これらの乳製品は、地方からおさめられた税金(ぜいきん)として、九州(きゅうしゅう)などからも運ばせたことが木簡から分かっています。その貴重(きちょう)さから薬としてあつかわれ、貴族でも毎日食べることができたわけではありませんでした。


奈良時代のおすし

なれずし

奈良時代(ならじだい)のおすしは、今私たちが食べているにぎりずしとは、ちがった食べ物でした。「なれずし」ともいいます。

魚を主な材料(ざいりょう)にして、塩(しお)と加熱(かねつ)したでんぷん<ごはん>をまぜ、発酵(はっこう)させた食べ物です。主役は魚で、ごはんは発酵させるためのものなので、食べるときにはすてられました。ごはんの上に乗せたり、おかずとして食べられていました。チーズのような独特(どくとく)のにおいがします。