子供のころから将来(しょうらい)天皇になることを期待(きたい)され、育てられました。23才の時に天皇になり、約25年間、天皇の位(くらい)についていました。現在(げんざい)でいうと京都府(きょうとふ)や大阪府(おおさかふ)に皇居(こうきょ)を作り移住(いじゅう)しましたが、けっきょくは平城宮(へいじょうきゅう)にもどりました。
深く仏教(ぶっきょう)を信じ、仏教の力で国をおさめようと考えていました。また、都(みやこ)には東大寺(とうだいじ)を建てて大仏(だいぶつ)をつくり、国ごとには、男のお坊さんがいる国分寺(こくぶんじ)と女のお坊さん(=尼)がいる国分尼寺(こくぶにじ)を建てて、国と人々の平安をねがいました。
天皇につかえる貴族(きぞく)であった藤原不比等(ふじわらのふひと)の娘(むすめ)です。これまで皇后[天皇の后(きさき)]は、皇族(こうぞく)でなければならないとされていましたが、光明皇后は、貴族の娘として初めて皇后になりました。
聖武天皇と同じように、深く仏教を信じ、まずしい人々や親をなくした子どもを助けるための、悲田院(ひでんいん)や、病気を治療(ちりょう)するための、施薬院(せやくいん)をつくりました。日本で最初(さいしょ)に「ボランティア」をした歴史上(れきしじょう)の人物です。