「砂山隠し」は、砂漠(さばく)の多い西アジアの子どもたちの遊びです。
まず、二つのチームに分かれます。そしてそれぞれの陣地(じんち)を決めて、その中に砂(すな)で作った30cmくらいの高さの山を5つ作ります。作り終わったら、合図の後に、相手のチームの作った砂山をさがします。見つけたら、証拠(しょうこ)としてその砂山をつぶしていきます。先に相手チームの砂山を全部つぶしたほうが勝ちです。
日本では、砂山の代わりに石山を作って遊ぶことができます。広い陣地にすればするほど見つけるのに時間がかかって面白いです。
「アシュク・オユンラル」は、羊のくるぶしの骨(ほね)を使った遊びという意味です。
いくつかの「アシュク」[羊のくるぶしの骨]を同時に投げ、どの面が出たかで勝敗(しょうはい)を決めたり、円をえがいて、その中においた「アシュク」に自分の「アシュク」をぶつけ、ひっくり返った面をきそう遊びなどもあります。
「アシュク」は昔、占(うらな)いの道具でした。出た面によって、吉凶(きっきょう)を判断(はんだん)していたそうです。
「ボール取り」は、西アジアの子どもたちのボール遊びです。
まず、2人ずつの2チームに分かれて、片方(かたほう)の組がボールを持ち、投げあいます。もう片方のチームがそのボールをうばいます。投げているチームがボールをとられたら、立場(たちば)を交代します。4人ではなく、たくさんでも遊べます。
「チョウガン」はイギリスのポロ、日本の打毬(だきゅう)の起源(きげん)となるスポーツです。ペルシアを起源とする説(せつ)が有力ですが、インドを起源として、中国の打毬が伝わったとも考えられています。
中東・インドから、ギリシア、ドイツ、フランスへ伝わり「チョウガン」と呼ばれました。
イギリスへは、1800年代にインドから伝わり、「ポロ」として流行しました。
唐(とう)から伝わった日本の打毬は、平安時代に宮廷(きゅうてい)行事となりましたが、中世には衰退(すいたい)しました。
「チョウガン」は、柵(さく)をめぐらせた約120メートル四方の競技場(きょうぎじょう)で、各組八人で二チームに分かれておこないます。馬に乗って、木の玉をマレット(長いつち)でゴールに運びます。ゴールの幅(はば)は7.2メートルで、ポロとほぼ同じです。女性も馬に乗って、チョウガンを楽しみました。
900年代末のパキスタンで、王様が熱中(ねっちゅう)のあまり落馬したと記録(きろく)されています。チョウガンは貴族(きぞく)のスポーツだったようです。